棗巳波・六弥ナギ・桜春樹について

 

 

以前ブログで Sakura  Message = 桜春樹からのメッセージという 簡単な解釈で歌詞の意味を考察してみた。

Sakura Message - I7 blog

 

が、その点について 物語が進むにつれて

あれあれあれあれ、と疑問ばかり浮かんで来たので あらゆる可能性の考察をあげてみたいなと思います。

 

 

 

 

 

 

まず、以前のブログについて。

1ヶ月くらい前に追記を書いたんだが

Sakura  Messageは桜春樹が作ったわけじゃなくて 桜春樹が書いたように見せかけたものなんじゃないかということ。

 

 

Twitterでも言ったんだが、

結論から言うとSakura  Messageの歌詞を綴ったのは 棗巳波なんじゃないかと思っている。

 

 

まず、その理由について記載する。

 

 

・棗巳波はノースメイアに留学していた。

・棗巳波は春樹を知っている。

・棗巳波はノースメイアにて音楽を学んでいた。

 

 

この点は、とてつもなくわかりやすい伏線であると思える。

 

ただ、これだけだとSakura  Message= 棗巳波が書いたとは考えづらい。

 

 

次に注目すべきは 時系列だ。

 

 

3章1話「Sakura Messageがライブで公開」


5章5話 棗巳波の言葉
「もうすぐ完成します。ノースメイアにいた頃から彼と一緒に手がけていた曲ですから。」


7章5話

春樹の生前遺言書の存在が明らかとなる


10章でZOOLがデビュー

 

 

 

5章5話で棗が言った

もうすぐ完成します。ノースメイアにいた頃から彼と一緒に手がけていた曲ですから。

と言う言葉。

 

おそらく、「」は春樹のことを指し、

「頃から彼と一緒に」ということは 今も尚一緒にいるであろうことが伺える。

 

この曲については御堂虎於が

「巳波、曲はできたのか?」 と話題をふっている。

 

この時点で 

「ノースメイアにいた頃から彼と一緒に手がけていた曲ですから。」

の「」はZOOLの曲である可能性が高い。

 

 

 

また、時系列を見て最初は 生前遺言書に付属されてた曲が

桜春樹と棗巳波の2人で作ったものである可能性も高いと思っていたが、

 

 

 

 ZOOLの曲を聞いた時のナギの感想。 

 

ZOOLのPoisonous Gangsterについて

壮五は「…でも、曲は好きだな。」と言葉を漏らす。

その壮五の言葉に便乗するように ナギが

「ワタシも好きです。

素敵な歌なのに、何故、真剣に歌わないなどと言うのでしょう。」

そう言うのである。

 

ナギは「春樹の曲が大好き」だとして公式では扱われている。

 

それなのに、ZOOLの曲について、壮五の呟きを 拾い、すかさず 好きだと漏らすのだ。

 

何がおかしいって、

「ZOOLの曲がいい曲」だということをただ表したいだけならば、

ここで壮五のつぶやきを拾う人は 環でも陸でもよかったのだ。

 

それなのに、わざわざ シナリオ上で

春樹の曲が誰よりも好き」という設定のある

六弥ナギに言わせる意図はなんなのか。

 

それこそPoisonous Gangster

桜春樹と棗巳波で作ったであろう曲であることが考察できる。

 

 

それを踏まえて、最初にも述べたが、

桜春樹と棗巳波は、今現在 同じ場所で生活している、もしくは 桜春樹の生活の場に棗が定期的に足を運んでいる可能性が高い。

 

そうなると、仲も深いことが伺える。

 

 

また、

春樹がナギの元を去ったのは ナギが18歳だったころの冬。

 

ナギは今現在19歳という設定である。

 

ということは 春樹がナギの元を去ったのは1年前になるわけだが、

棗巳波は

「去年までノースメイアに留学してたらしいぞ。」

という情報が既にでている。

 

桜春樹が失踪した年と、

棗巳波が日本に戻る年がマッチしてるではないか。

 

というわけなんですね。

 

その点から

巳波はなんらかの形で春樹と遭遇した

もしくは

元から巳波は春樹と知り合いでノースメイアで再開した、ことが考察できる。

 

桜春樹は 迷惑をかけることを気にして 失踪したことになっているが、

もしかしたら、棗巳波が 桜春樹の失踪に関わっている可能性が大いにあるのだ。

 

ナギが王族である仮説が通った場合、

療養中の桜春樹がナギと一緒に生活していたとすれば、外に出るのは気軽なことではない可能性も高い。

 

そうなると、桜春樹が棗巳波と接触したこともあまり考えづらい。

 

が、その場合の考察について。

桜春樹が失踪後、途方にくれる桜春樹と棗巳波が出会い、日本に一緒に帰った。

という考察と

ナギの母親が日本人という点について、

棗巳波がナギの母親と接点を持っていたとすれば、秘密で桜春樹に会っていたということも安易に考えられる。

 

後者の場合は、棗巳波と桜春樹が 元から親しい関係だった場合に有効な考察だ。

 

 

「元から親しい」ということについて。

「日本では人気の留学先ではありません。」

と、ノースメイアについてナギが語っているシーンがあるが、

 

元から桜春樹と棗巳波が親しい場合は 

「桜春樹から音楽を学ぶ気」でノースメイアに旅立っていた可能性が高い。

 

この考察が 合っていた場合、

ノースメイアにいることを知っていたこと自体、かなり 親しい関係柄であることがわかる。(親戚とかそういう関係なのかもしれない)

 

 

 

で、Sakura  Messageがなぜ 棗巳波が作った曲か、ということについて。

 

まず、Sakura  Messageを作った人について

ストーリー上では「桜春樹」ではなく

わざわざ「作詞家」と表記されており、

しかも 売れ行きについて 作詞家が自ら事務所に連絡を入れていたことも明らかになっている。

 

こじつければ 作詞家=桜春樹とも受け取れないわけじゃないが、

まず、今まで 作詞家が自ら事務所に連絡を入れてくるなんて描写はなかった。

それに、桜春樹を作詞家と呼ぶこともなければ、もし桜春樹から連絡があったとすれば

ナギにもその情報が行っているはずだ。

 

この点から Sakura  Messageを作詞したのは 桜春樹ではないのではという考察ができる。

 

が、桜春樹が書いた詩ではない、ということをはっきりと述べている描写はないため、

IDOLiSH7のメンバーは誰が歌詞を書いたのか知らずに歌っている可能性が浮上するわけだ。

 

 

 

そしてSakura Message の大和のラビTV第3話にて、

 

三月「そういや、『Sakura Message』聞いた時のナギ、ちょっと様子変じゃなかった?」

大和「ま、いつものハイテンションじゃなかったのは確かだな。」

 

そんな会話がある。

 

また、Sakura Messageについてのナギの感想は
「どこか心に…。心に残る素晴らしい曲です。」
と言うも、 言葉に詰まっているような言い方だった。

 

ZOOLの曲に対しては大絶賛していたのにも関わらずだ。

 

この点から ナギはSakura Messageについて、何かしらの違和感を覚えていることが伺える。

 

 

 

Sakura  Messageの歌詞については 以前もブログに詳しく考察した。

それも、Sakura  Message=桜春樹からのメッセージという解釈で。

 

その解釈ができたこと自体。

 

ナギと 春樹のことを歌った曲であることは きっと間違いはないだろう。

 

が、春樹が 歌詞を書いたわけではないとなった場合、

春樹とナギの関係を知り 作詞に挑んだ 人は

グンッと限られてくるわけだ。

 

そんな中 春樹と親しく、ナギの話をよく聞いていたであろう人物は 棗巳波ただ1人に絞られる。

 

だからこそ、Sakura  Messageを聞いたナギは

違和感を持ったのではないのかと、私的には思う。

 

桜春樹の書いた詩ではないと 薄々気づいているのではと。

 

 

 

また、棗巳波が ナギに対して

 

「『Sakura  Message』を歌うあなたは、とても素敵ですよ。」

 

「いいえ?最上級の皮肉です。」

 

と言ったことに対しても、

もし 棗巳波がSakura  Messageを作詞した張本人で、

ナギは少しの違和感を持ちながらも

Sakura  Messageを春樹の曲として受け止めていたとすれば、

春樹の歌でないことにも気付かず歌っていることになり、「最上級の皮肉」というのも意味がよく通る。

 

また、Sakura  Messageの歌詞の意味についても 残酷的な桜春樹の未来がいくつか 描かれている点から、

それについて「最上級の皮肉」と言っている可能性もある。

 

 

 

 

で、前回の考察同様 ここからは 妄想のオンパレードを繰り広げるのでご注意を。

 

 

 

f:id:haruchi1130:20171007161238j:image

まず このジャケットについて。

 

以前 私は  皆の手のひらの上で舞わせてるものは オフィーリアの死から連想される「勿忘草」では、 と、述べたのだが、

今更になって  ほかの意見を突き立ててみてもいいだろうか。

 

 

まず、「季節」を表す言葉が名前に入っている人は作曲家であることは、よく知られていることであり、「なつめ」の「なつ」がそれに当たる。

 

また、「巳波」の「巳」は動物を示し、ZOOLの一員であることを示すキーワードである。

 

この点はよく知られているキーワードだ。

 

 

ただ、もう1つ棗巳波の名前にキーワードがあるとしたら、

桜春樹の名前に 花の名前があるように

棗巳波にも花の名前が入っている。

 

「棗」がそれに当たる。

 

ナツメという植物があるのだが、

取り敢えず画像を見て欲しい。

f:id:haruchi1130:20171007162015j:image 

「棗」とは このお花のことなんだが、

ジャケット写真の花にとても似ていると思わないだろうか。

また、ジャケット写真に「星」が書いてあることにも注目してほしい。

「棗」の花は「星型の花」として有名な花であるため、ジャケットの星は 「棗巳波」を強調している可能性も高い。

 

 

そして棗の花言葉を調べたところ

 

「健康」

「健康の果実」

 

 

そんな花言葉があり、

「棗」の果実は 健康によく

 

病気の人によく送られる花言葉なんだとか。

 

 

そして 曲中の「桜」は「散っている」様子として描かれている。

 

まるで、桜春樹が 病により命を散らしている時に、癒すのは ナギではなく

健康の象徴の「棗」の花を持つ、巳波だと 示しているようだ。

 

 

 

対して、桜春樹の「桜」は

「美しい精神」を表す言葉である。

桜春樹は 決して曲がらない心優しい人物であることがわかるわけだ。

 

それを踏まえても、

桜春樹がナギを恨んでいるとは考えづらい。

ナギを友だと思っているのもきっと本音だ。

 

 

では、なぜ棗はナギに対して

「自分のしたことも忘れて、よく友人だなどと呼べたものですよ。」

と思っているのか。

 

完全に妄想になるが、

ナギは 春樹と会うことを 親に反対されていた。

その点から ナギの家族は もしや 春樹をよく思ってなかった、もしくは ナギに悪影響を及ぼすと思っていたことになる。

 

となると、

ナギは 春樹のためにと善者になって 家に招いていたとしても、春樹にとっては

自分のことを嫌いな人に囲まれての生活は 苦痛だったのではなかろうか。

 

 

実際 過去にこんな会話がある

 

「自分たちが一生懸命作った歌を、誰かに真摯に受け止めて、わかって欲しかった。

純粋に喜んでもらいたかったんだよ。」

 

「OH...ハルキもそうだったんでしょうか」

 

「……叔父さんも……。」

 

「きっとそうだよ。」

 

 

壮五の叔父が 壮五の父から嫌われていたのは

「音楽を好いていた」からである。

壮五の父は 祖父の好きだった 音楽を好いてなかった。

 

もし、ナギの家系が ノースメイアの中では「王族」に位置する場合、

壮五が御曹司として育てられたのと同じように

ナギにも やらなければならないことがあったことも安易に想像できる。

 

そうなれば、「音楽」や「自由」の楽しさを教える桜春樹は ナギを指導する側の人間からしたら 迷惑な部外者でしかなかったとも考えられるのだ。

 

また、漫画の方で語られているが

ナギにボーイフレンドがいない理由として。

「ナギ」という人物が高嶺の花すぎて、皆が躊躇し、関わろうとしない、そんなイメージが持てる描写があった。

 

高嶺の花というのは、ナギの場合、美形だとかそういうんじゃない。

ナギの地位が高すぎるがゆえに、周囲の人が下手なことをして ナギと何か問題でも起こしたら大変なことになる、というような意味で、だ。

 

地位が高いからこそ ナギに嫌な思いをさせて ちくられたりでもしたら 何をされるかもわからない。どんな処罰が降るかもわからない。

 

例えばの話 王族に 一般人が手を挙げた、なんてことになれば、

たとえ王族の方が悪くとも、一般人が叩かれるだろう。

あんなにも気品 溢れ、国の財政を担う王族に手をあげるなんて何事だ!と。

犯罪になるかもしれないし、国中の国民から一生 冷ややかな目を向けられて生きて行かなければならないかもしれない。

 

そんな真意が受け取れる描写から

ヒビの入ったガラスを扱うように、

なるべくナギに触れぬよう、周りの人はナギと距離を取っていた、ということが読み取れる。

 

だからこそ、地位の高いナギにフレンドリーに関わる春樹は ナギの身内以外の人間からも

痛い目で 冷ややかな眼差しを向けられていた可能性もある。

 

 

それを踏まえて

いま配信されている三部で強く語られてきたことは

自分の好きなものを認めてもらうこと」による承認欲求が満たされるというものだ。

 

桜春樹の好きな「曲」

桜春樹の作った 「皆に認めてもらいたかった曲」が、ナギ以外の人間には批判されていたとしたら、承認欲求が満たされず 大きなストレスにもなる。

精神的苦痛となり、病状を悪化させる可能性だってあるのだ。

 

 

それにナギが気づいていなかった場合、

知らぬうちに 春樹を苦しめていたことにもなるため、

春樹が深く傷ついていたことも、

ナギには何も身に覚えがないことも、

筋が通る。

 

そんな中、春樹を慕っていた 棗巳波が 桜春樹を求めてノースメイアに行っていたとしたら、

棗巳波は春樹が批判されているという酷い現状をみてナギを恨むと同時に、

春樹を守りたいと動くだろう。

 

自分の大好きな春樹を批判されたことが苦しくてたまらなくて 春樹と共に日本に帰国したということも考えられる。

 

 

 Sakura Messageは棗が作っていたとした程で話を進めてみるが、

ズバリ春樹は きっとナギのことが今も好きだ。

だからこそ 棗は ナギと春樹の関係を知っていて Sakura  Messageという曲を作れた。

 

棗がSakura  Messageの歌詞を書けたのは

先ほども述べだが

棗巳波に ナギの話をよくしていたためだと考察ができる。

 

 

ただ、それは棗からすれば

「なんであんな人と友情を築くのだ?」

「桜さんを傷つけたのに」

と嫌悪感持つ元となると同時に、

「私が 桜さんを療養させている。」

「私の方がナギさんよりも 桜さんのことをよくわかっている」

「私の方が 桜さんの事が好きである」

という嫉妬にもつながる。

 

 

 

3部は 大和から始まった。
愛されたいけど 愛されたいと認められない。
いわゆる「愛される努力をしない」人たちが
愛されたいという欲求に刃向かい、狂い、
愛されたいと自らが認め、愛して欲しい人に愛された時に報われるシナリオになっているはずなのだ。
(本来の自分を愛してもらおうと 葛藤するシナリオ)

 

棗もきっとそれなのだ。

桜さんに愛されたい。でも、子役の頃から業界の闇を見てきた棗は、

愛されるなんて馬鹿らしい、

くだらない、愛なんて裏切り合う儚いものだ、

そう思ってしまっているのであろう。

 

だからこそ、春樹に対しても 「愛されたい」と思うのではなく、

「なぜナギの方を認めるのか?」と

ナギを恨むことで、ナギを悪い人物とし、

自分を優勢の位置に立たせ 春樹から承認欲求を受けようとしているのではと思われる。

 

 

それを踏まえて 桜春樹の色はおそらく 髪の毛や服装の色からしても赤紫だ。

 

赤紫は「愛」という意味がある。

 

その点から桜春樹は 人を愛することのできる人だとわかるため、

 

側からすれば、「皆を愛する人」になるわけだが、桜春樹に愛された人にとっては

「自分が桜春樹の1番でありたい」

と思ってしまうわけだ。

 

その意思こそが、嫉妬心を生む。

 

なぜ自分よりあの人を見るのか。

自分の方が優れているのだから 私を認めるべきだ。

 と、思ってしまうのである。

 それが嫉妬心となり 悪い思考へと傾かせる元となる。

 

 

 

 

また 九条鷹匡に送られた生前遺言書の意味と

桜春樹が ZOOLの曲に携わっているであろう件について。

 

まず、棗巳波は ZOOLの曲を 桜さんにも聴かせたかった、というようなニュアンスの言葉を

ラビTVにて漏らしている。

(桜という名前は出てないがおそらく 桜春樹のこと)

 

 その点から 桜春樹が衰弱しているであろうことが見受けられる。

 

で、そうなると1つ疑問が生まれるわけだ。

 

さて、そんな衰弱している春樹が 自分の足で 生前遺言書を出しに行くだろうかと。

 

もし、春樹ではない人物が生前遺言書を出しに行っていたとすれば、

春樹の代理として 春樹の近しい人物が 生前遺言書を出しに行った可能性もある。

 

となると、それに値するであろう人物は

棗巳波になるわけだ。

 

 

その場合の仮説としてTwitterでも呟いたのだが、

もし、棗巳波が

六弥ナギに渡るはずの生前遺言書を

六弥ナギではなく 九条鷹匡に送り、

六弥ナギには皮肉を込めた自分の作った歌を送っていたとしたらどうなるか。

 

 

春樹はナギのことを友人だと思っているが、ナギには生前遺言書が届かない。

 

ナギは傷つく。それにより 棗巳波は「ざまあみろ」となる。

 

さらに 春樹は「 生前遺言として託した曲をナギが歌ってくれない事実」に直面し、

「自分のことはもう忘れてるのでは」

「友人ではないのでは」と不安になるだろう。

「ハルキの歌はソウゴの夢の邪魔をしたりしませんよ。」と、以前ナギが言ってはいたが、

さすがに 人生最後の曲となれば、

自分の大切な人に歌って欲しいに決まっているだろう。

 

その不安こそ 棗巳波からすれば 幸運である。不安になると 近しい人から愛情をもらいたくなる。だからこそ  春樹が不安になることは 棗を求めることに繋がり、

求められること」は、自分が認められてる証明にもなる。

 

ただ、この意味のわからん仮説が合っていたとしても、きっと棗巳波は 春樹を傷つけるためではなく「春樹のために」やっている。

 

 

棗にとってナギは「春樹を傷つける人」という認識があったとすれば、

ナギを春樹から遠ざけられるため、

「春樹がこれ以上傷つかぬように」

「最期まで 傷つくことはないように」

というような、意思があるのかもしれない。

 

 

正直なことを言うと、

この仮説は  ストーリーを読んでいて

「絶対こうじゃん!」と閃いたものではない。

 

この考えに至ったのは 「こうだったら面白そう」という好奇心と妄想から 始まった考察だ。

だから、考察の理由は後付けである。

 

 

が、理由を後付けしていて思ったのだ。

よくよく振り返ると結構辻褄が合うのでは、と。

 

 

九条鷹匡が生前遺言書のために日本に帰って来てるのは3部 2章で確認ができる。

対してSakura  Messageが ライブで公開されたのは 3部の3章である。

 

さらにSakura Messageの公開直前に環は

「早くみんなに 聴かせたかった!」と言っている。

その環の言葉から3部の3章より前に IDOLiSH7の手元に Sakura Messageが届いていたのもわかる。

 

 

それらを踏まえて

九条鷹匡の元に生前遺言書が届いた時期と

IDOLiSH7の手元にSakura Messageが来た時期が 異常に近しいと思いまして。

 

それこそ、棗巳波が六弥ナギと桜春樹を遠ざけるために 同時に送りつけたということも考えられるのではないだろうか。

 

 

 

ZOOLの曲について、なぜ春樹が携わることになったのかという考察については

 

まず、棗巳波は 「名子役」という肩書きがあり、周囲に期待されている。

 

桜春樹はナギに対して自由に生きることを教えていたと考えられる 、

それと同時に、棗にも 名子役だけではなく、色々な生き方があるのだと選択肢を与えてあげていたのではとも思われる。

 

そして 春樹とノースメイアにいた頃から一緒に曲作りをしていたと言っている時点で

その選択肢が 「作曲」である。

 

棗巳波は 「自分の好きなもの」はきっとナギと同じく「桜春樹の曲」であって、

桜春樹のこともとてつもなく大切だった。

 

だからこそ、ZOOLの曲作りに桜春樹を携わらせて、「桜春樹と棗巳波の曲」を作り上げたのではないだろうか。

 

ZOOLとしてデビューして 皆に認められて、世間から求められた。

その事実は直接的に

「世間は 桜春樹と棗巳波の曲を認めた」

「桜春樹にふさわしいのは棗巳波」である事の証明にもなる。

 

さらに その曲を自分の所属する「ZOOL」が

歌い、賞賛されることで

「六弥ナギより 自分の方が桜春樹にふさわしい」

という承認欲求が満たされることとなったのではないだろうか。

 

 

 

 

また、Sakura  Messageの衣装について

三角形」が詰め込まれ柄になっているような シンプルで非常にお洒落な衣装だ。

 

その「三角形」についてだが

調べてみると

「友情」「平和」「調和」を示し、

争いや対立を乗り越えると 精神的な成長ができるという 意味があるらしい。

 

そう考えるとSakura  Messageの衣装は まさに「三部」の波乱を描いたような 衣装だ。

 

きっと、全てを乗り越えた先には

精神的な成長があり、

皆がそれぞれ大人になるのであろう。

 

 

最後に ちょっとした紹介だが

「ナギ」という植物もある。

 f:id:haruchi1130:20171007181750j:image

この植物は昔から 

「苦難をなぎ払う」 として知られている。

 

ナギくんは大丈夫だろう。何があっても。

彼は 正真正銘のIDOLiSH7の精神的柱である。

苦難をなぎ払って IDOLiSH7をハッピーエンドへと導いてくれる人物だ。

 

また、「ナギ」の葉は 「縁が切れない」という意味も持ち合わせるため、

IDOLiSH7から抜けることもないだろう。

桜春樹との縁も IDOLiSH7との縁も 決して切れることはないのだ。